ケイゾク/映画 Beautiful Dreamer

 しばらくぶりの映画鑑賞♪
 いや~忙しかった。今日から5日くらいは完全に呆けた状態でDVD観まくるぞ!・・・って引きこもりですか、自分。
 で、いまさらながらケイゾク。妙に観たくてたまらなかったので借りてきました。映画館では2回観たし、その後も5回以上は借りて観てて、随分間をおいての再観賞。一番ハマっていた公開当時は押井守の作品は『うる星やつら』の「1」と「2」しか観てなかったが、今回はパトレイバーも攻殻も立喰師も観ての観賞。以前は「Beautiful Dreamer」のサブタイトルや途中の柴田の夢のシーン(天本英世が出てくるとこ。今思えば初代月見の銀二である天本さんを使うところまでオマージュなんですね)などに『うる星2』の影響は観てとれたものの作品そのものはどちらかというとエヴァンゲリオンに近いものを感じたのだが、今回は押井守の影響をより強く感じた。そもそも捜査一課二係の描き方からしてパトレイバーの特車二課のような愚連隊っぽいものを感じるし(野々村係長待遇の「我々の命をかけた最後の戦いになるだろう」のセリフにパト2の「特車二課第二小隊、最後の出撃だ」が一瞬だぶりました・・・)、エヴァ自体が押井守が繰り返し描いてきた「虚構や過去に逃げるのではなく、退屈でもつらくても現実を受け入れろ」というテーマ(少なくとも私はそう解釈してます)を派手に装飾してみせたものなので、やはりエヴァというよりは押井守作品へのオマージュなんでしょう。いろいろな要素のコラージュぶりはエヴァに近いけど。

 ドラマが好きだった人の中でもけっこう否定派が多いこの映画版ですが、私はけっこう好きです。特に終盤が。
 わかりやすすぎるなぁとは思うものの、勢いで飛躍してしまうので許せちゃう。トーンの落差は『マッスルモンク』に近いものはあるけど、言ってることはけっこう逆。『マッスルモンク』は憎しみや一般的な愛に執着するなと言うけど、『ケイゾク/映画』は憎しみも愛も肯定する。ただどっちの意見が押井守に近いかというと『マッスルモンク』のような気がする。執着は結局過去や虚構への逃避につながるし、野ざらしの「人形」を否定してる時点で押井守的ではない、笑。押井守作品からは現実を受け入れろということは汲み取れても、熱く感情を肯定する姿勢は感じられない。ちょっとの差で随分な差になってしまったけれど、熱いのも嫌いではない。『マッスルモンク』のジョニー・トーだって『柔道龍虎房』ではみっともなくても熱い生き方を描いてみせたし、どっちが正しいということもないのかもしれない。いずれにしてもそれなりの覚悟をしなきゃなりませんね。